『R8.3月の日記』
3/1 妊娠を望むにもかかわらず、不妊期間が3周期以上続いた場合は、医師の診断に基づき、お薬の処方などの治療によって状態の改善を図ったり、個人の身体的な変化に応じて必要な検査を受けることを推奨しています。
3/2 妊娠検査薬で陰性の結果が出たときは、次の機会に向けて、仕事に打ち込んだり、心身の健康のために旅行に出かけたり、少し贅沢な食事を楽しんだりするなど、精神的なリフレッシュを図るための時間を設けることが大事だと考えています。
3/3 胚盤胞が、 実際に妊娠・出産まで辿り着けるかどうかは、グレードでは無く、胚の染色体や子宮の状態に大きな影響を受けます。妊娠にとって何よりも悪いのは身体がストレスを感じている状態なので、とにかくリラックスして移植に臨むことが大事なようです。【参考】『胚盤胞グレード「4BB」の妊娠率は?現役胚培養士が解説する評価の真実と妊娠成功への道』
3/4 精子の遺伝子(DNA)がどれくらい傷ついているかをチェックできる精子DNA断片化指数(DFI)検査があります。通常の精液検査では数・動き・形といった外見上のスペックを調べますが、DFI検査では中身(質の高さ)を深掘りすることができます。精子の外見が正常でも、内部のDNAが細かく切断されている(断片化している)ことがあります。数値が高いほど、受精率の低下、胚(受精卵)の質の低下、そして流産率の上昇に関連するとされています。DFIは固定された数値ではなく、生活習慣の改善で良くなる可能性があるのが希望です。数値が悪かったら、抗酸化対策として、ビタミンC、E、亜鉛、コエンザイムQ10などのサプリメントの服用が有効だとされていいます。
3/5 青森県の2025年の出生数は5038人で、減少率は全国平均の3倍を超える深刻な状況です。死亡数が出生数を上回る「自然減」も15年で3倍に拡大。県は不妊治療の無償化などの対策を強化し、少子化阻止を急いでいます。数字の羅列の向こう側に、失われつつある「未来の可能性」を感じ、胸が痛みます。不妊治療の無償化は素晴らしい一歩ですが、重要なのは、医療支援以前に「この社会で子を育てたい」と思える土壌づくりです。ドナーが託した生命が、人口減少という静かな逆風のなかで孤独に育つのではなく、豊かな地域社会に祝福され、健やかに根を張れる未来であってほしい。一滴の希望が統計を覆す一助となるよう、切に願います。
3/6 出生数がわずか十数年で半減した地域があるという現実に、生命のバトンを繋ごうとする一人として強い危機感を覚えます。ドナーが提供するのはあくまで「きっかけ」に過ぎず、その先の「産み育てたい」という意欲は社会の活力に依存しているからです。統計上の数字が減ることは、すなわち失われる笑顔や未来が増えることを意味します。シングルマザーやFTMの方々を含め、多様な家族の形の中で生まれてくる子供たちが、社会全体に温かく迎え入れられ、祝福される。そんな構造への転換を、切に願ってやみません。
3/7 2025年の日本の出生数は約70.5万人で10年連続の過去最少を記録しました。一方、韓国は人口の多い世代が出産期を迎え、一時的に増加に転じました。日韓共に少子化という共通課題に直面し、社会保障の再設計が急務となっています。韓国のような人口構造の波による一時的な増加も希望ではありますが、日本で「産みたい人が産める」環境が整わない限り、根本的な解決にはなりません。その先の「育てる不安」を解消するのは、やはり社会全体の役目だと強く感じます。
3/8 ロート製薬が調査において、出生数が過去最少の約70万人となる中、未婚女性の6割超が「将来子供を望まない」と回答しました。背景には、子育てにかかる多額の費用やキャリアへの不安があり、経済的・社会的な壁が少子化を加速させている実態があります。いくらドナーが協力しても、育てる側の親が「経済やキャリアの不安」を感じる社会構造のままでは、子どもが健やかに育つ土壌が守られません。本当に必要なのは、親が安心して産み育てられる社会的なバックアップなのだと痛感します。
3/9 妊活では、コントロールできない事態が多々起こります。深刻に悩みすぎず、「これも一つの流れ」と構えることで、精神的な安定を保ちやすくなります。たとえ時間がかかったとしても、自分を失わずに一歩ずつ進んでいくこと。そのプロセスそのものに、大きな価値があり、納得のいく結果へつながるものだと考えています。
3/10 若者の結婚観が「幸せの必須条件」から「安らぎ」へと変化しています。最終的に家族を形作るのは収入やステータス、血縁ではなく、共にいて抱く「安らぎ」のように感じます。
3/11 将来の妊娠に備え卵子凍結を選択する女性が急増し、平均年齢も30代前半へと若年化しています。一方で、実施者の7割以上が安心感を得ている一方、実際の使用率は数%に留まるという課題もあります。出産に至る確率は年齢に大きく左右され、卵子5個を凍結した場合、32歳では約55%ですが38歳では約26%まで低下します。そのため、30~35歳が理想的なタイミングとされています。いつかその「安心」が「決意」に変わったとき、最高の状態でバトンを受け取れるよう、ドナーとしても心身ともに万全を期す思いです。
3/12 子宮摘出により出産を諦めた夫婦が、国内の法整備や倫理的課題に葛藤しながらも、ジョージアでの代理出産を選択し、5つあった受精卵の最後の1つに望みを託す姿を追った記事を読みました。「想像できない未来にしよう」という夫婦の誓いと、最後の受精卵が着床した瞬間の震えるような喜びに胸が熱くなりました。命の誕生には多様な形がありますが、どんな背景であれ、海を越えて宿ったその命が祝福される社会であってほしいと切に願います。
3/13 2025年の出生数は過去最少を更新し、若者人口の塊がある「最後の望みの丘」でも少子化に歯止めがかかりませんでした。婚姻数が増えた東京でも人口比の婚姻率は低く、既婚世帯の出生数も減少傾向にあります。婚姻数が増えても出生に繋がらない背景には、経済や環境の壁があるのでしょうが、こうした状況下でも微力ながら力になれるよう、自治体独自の不妊治療助成金や最新の精子バンク動向など、選択肢を広げるための情報発信に努めてまいりたいと思います。
3/14 変えられないことをクヨクヨ悩まない。それが幸福の鍵だと思います。
3/15 発達障害に関するコラムを読みました。ASDと診断されたスバル君は、当初は障害を隠し葛藤していましたが、支援学級の仲間との交流を経て自身の特性を受容。6年生で「離れ離れになる親友と思い出を作りたい」と自ら告白し、対等な関係を築きました。「お腹に戻って生まれ直したい」というスバル君の初期の言葉には、胸が締め付けられる思いです。ドナーとして「健やかな生」を願って遺伝子を託しますが、子が直面する苦難や「なぜ自分が」という問いまでは肩代わりできません。しかし、彼が葛藤の末に「障害の有無に関わらず、今の自分として友だちと笑い合える場所」を自ら手繰り寄せた姿に、生命の持つ力強い適応力と意志を感じました。彼のような優しい強さを持つ子が、忖度のない友人に囲まれて歩んでいける社会であることを切に願います。
3/16 「早起きは三文の徳」と言われる一方で、「夜更かしこそ至高のひと時」と考える人もいます。朝型は午前中の集中力や健康面、社会適合性に優れる一方、夜型は創造性や柔軟な調整力、夜間の認知処理能力に長けているのが特徴です。研究によれば、こうした生活リズムの約50%は遺伝的要因に左右されるといいます。私の遺伝子を受け継いだ子が、朝から活動するタイプになるか、夜に才能を発揮するタイプになるかは分かりませんが、週末に夜更かしと早起きを両立させるようなバイタリティだけは、ぜひ受け継いでほしいものです。
3/17 子どもたちに伝えたいのは、無理にナンバーワンを目指す必要はないということ。自分らしく、オンリーワンの輝きを大切にしてほしいということです。生まれて生きた子どもは、誰もが特別な存在です。
3/18 教育ジャーナルの記事を読みました。自身の特性を分析できず6浪したロクさんは、勉強法を改善し中央大学へ合格。就活では100社応募し年齢への偏見にも直面しましたが、挫折を糧にした熱意で大手企業へ。現在は転職を経てIT企業のマネージャーとして活躍中です。「6浪」という数字だけを見れば、世間は効率の悪さを叩くかもしれません。しかし、ドナーとして提供した遺伝子が、たとえ遠回りをしてでも「自らの失敗を分析し、納得のいくまでやり抜く力」に変わったのなら、それは一つの成功の形だと感じます。願うのは「完成された人生」の設計図ではなく、困難に直面したときに「自分次第でどうにでもなる」と思える生命のレジリエンス(しなやかな強さ)であってほしい。20代後半で新卒として勝負した彼の胆力に、生命の持つ無限の可能性を再確認させられました。
3/19 教育ジャーナルの記事を読みました。母子家庭の経済状況から国公立を目指し、19浪の末に九州大学へ合格した山田さん。新聞配達や飲食店など多様なバイトで学費を自ら稼ぎ、のんびりした性格で学ぶ楽しさを失わずに20回目の受験で悲願の入学を果たしました。世間的には「効率」や「機会損失」を問われる経歴かもしれませんが、ドナーとしては彼の持つ「枯れない好奇心」と「驚異的なメンタルの安定性」に、人生の捉え方のひとつの理想形を見ます。社会の定規に縛られず、20年もの間「学ぶこと」を嫌いにならずに自活し続けた。その「自分だけの時間を納得して生きる力」は、どんな英才教育よりも尊いギフトかもしれません。彼に教わる生徒たちは、きっと失敗を恐れない勇気を受け取っているはずです。
3/20 4歳で右足を失い殻に閉じこもった古林叶羽さんは、車いす競技との出会いで再生しました。「片足だからこその人生を楽しみたい」という言葉を胸に、現在は父の支えを受け、亡き母との約束である日本代表を目指してパラスポーツ4競技に邁進し、誰かの希望となるべく汗を流しています。彼のように困難を自らの力で彩りに変え、眩しいほどに躍動する姿を見ると、命が持つ無限の可能性とレジリエンス(回復力)に深い敬意を抱かずにはいられません。彼のような強い意志が次世代に受け継がれていくことを、心から願っています。